ガイドさんと一緒にぶらり「勝本歴史まち歩き」-1

ガイドさんと一緒にぶらり「勝本歴史まち歩き」

200隻の漁船の並ぶ歴史ある港町の勝本町。港周辺では魚を干している風景が良く見られます。ちょっと中に入ると、レンガ造りや格子窓のある古い町並みが残っており、ここだけの情緒あふれる景色に心が奪われます。そのレトロな町並みは「カメラ女子」の皆さまにもオススメ!!
 「勝本歴史まち歩き」は地域のガイドと一緒に勝本浦の名所を巡るツアー。ガイドブックには載っていない勝本浦の魅力や、人々の暮らしぶりも併せてご紹介します。

勝本浦ってどんなとこ?

勝本浦は壱岐島の北西に位置し、郷ノ浦港からも芦辺港からも車で15分程度の場所です。潮風香る漁師町では船の音が聞こえ、昔ながらの町屋が並ぶ景観は、まるでタイムスリップしたような気分が味わえます。
江戸時代には対馬、五島、平戸とともに古式捕鯨の中心地として栄え、鯨組(捕鯨を行う組織)による捕鯨が行われていた歴史があり、現在も鯨組にまつわる歴史遺産が多く残されています。
また、名物の「勝本朝市」が毎日開催されており、地元の方や観光客でにぎわいます。

地元ガイドとまち歩きを体験してみよう

町の随所に残る史跡の見どころや魅力を、地元ガイドが約90分のコースでご案内します。ガイドさんが持つ昔の写真や地図と見比べながら歩いて回ると、当時の様子が目に浮かんでくるよう。その時代に想いを馳せながら、ノスタルジックな時間を過ごせます。
路地を巡れば、買い物中のおばちゃんやおじちゃんが「どこから来たと?」と話しかけて来たり、元気のよい小学生が挨拶をして来たり。どこか懐かしい、風情ある佇まいや暮らしぶりを垣間見ることができます。

ガイドさんと待ち合わせ

ガイドは勝本浦ツーリズムの松﨑さん。勝本の事なら何でもご存じ、ガイド歴20年の松崎さんは陽気なおしゃべりおんちゃん(おじちゃん)。電気屋さんもされており、イカ釣り漁船のランプなどを扱っているんだそう。
いざ、勝本朝市横の駐車場に集合!資料らしきものを小脇に抱えたおじさん発見!!

松崎さん「ようこそ勝本へ~!!」  
さあ、まち歩きスタートです!

長四郎さんの墓

天保時代(1831年~1845年)、7歳の長四郎(ちょうしろう)が知らず知らずのうちに平戸藩城代家老の行列を横切ってしまい、「沖の瀬」まで追いかけられて首を切られてしまったそうです。人々は哀れに思い、「沖の瀬」に供養塔を作り、霊を慰めてきました。
長四郎さんの霊は、海に落ちた子供は必ず救うと言われており、この付近では子供が溺れ死んだことはないそうです。今でも毎日のように近所の方たちが供養されています。

大石塀(通称:阿房塀)とお茶屋屋敷跡

日本の鯨王といわれ、鴻池家、三井家と共に三大富豪とも言われた鯨組・土肥家(どいけ)の四代目当主である土肥市兵衛が財を投じて建てた豪勢なお茶屋屋敷。屋敷内には金銀を散りばめていたと言われています。
現在は高さ7m、長さ90mの石塀だけが残っている状態ですが、土肥家の富と力を示し壱岐の捕鯨業隆盛を象徴する貴重な建造物です。無用の長物ということから「阿房塀(アホウベイ)」と呼ばれていたとの謂れがあり、大石塀とは後付けなんだそう。(松崎さん談)

印鑰神社(いんにゃくじんじゃ)

871(貞観13)年、外敵の国内侵入を警戒して、大宰府から大量の武器類や防具類が送られ、翌年には勝本浦に武器庫(兵庫)が作られました。「印」は”官印”、「鍵」は”鑰=鍵”を官庁の倉庫の鍵のこと。印鑰神社は、それらの重要な印や鍵を保管する場所であった神社であったと考えられています。
また、この付近にある特徴的な砂岩や泥岩が堆積した地層(勝本層)から切り出された石で作られた塀が見られ、地層マニアの方も楽しめます。

土肥家新宅跡

日本の三大富豪の一つとして数えられた鯨組「土肥家」の新宅として、今から約200年前に建てられました。その後、造り酒屋を経て、現在は2件の酒屋さんが並んで建っており、屋根には造り酒屋だったころに使われていたレンガ造りの煙突がそびえ立っています。

旧松本薬局

明治時代に建てられた店舗兼住宅。1階は格子窓の付いた和風のデザイン、2階はモルタル壁と銅板張りの開き戸が洋風のデザインの町家建築として貴重な建物です。明治時代を設定したドラマなどのロケ地になりそうな雰囲気があります。
2009年に登録有形文化財(建造物)に指定されました。

諏訪の御柱(すわのおんばしら)

松尾芭蕉とともに「奥の細道」を旅した弟子、河合曽良の終焉の地である勝本町。その縁から、曽良の生誕地である長野県諏訪市と姉妹都市となっています。その友好の証として、諏訪大社の「本宮三之御柱」が寄贈され城山公園に建立されていますが、実はそれは御柱の下の部分のみで、先端は大幸物産の前にあるそう。どうして分断されて飾られているかというのは、松崎さんのとっておきの裏話になっていますので、実際に聞いてみてください!

Column

勝本朝市-1

勝本朝市

今回ご紹介している 「勝本歴史まちあるき」の行程には含まれませんが、勝本では朝市があります。江戸時代に地元の漁民と近くの農民が、それぞれ収穫したものを物々交換するようになって始まったといわれる勝本朝市。現在も毎朝、観光客や地元の買い物客で賑わっています。路面やアーケードで干物や海産加工品、野菜・果物など壱岐の庶民的なソウルフードが購入できます。地元の方とのコミュニケーションも楽しみの一つ!!壱州弁バリバリの個性豊かなおばちゃんたちが元気に接客していて、買い物中のおばちゃんまでもがバンバンおすすめしてくれます。

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旧つたや旅館

現在では建てることが難しい、木造3階建のレトロな雰囲気が素敵な歴史的建造物です。平成5年頃まで旅館として利用されていた建物内部をリノベーションし、現在は来島者をもてなすゲストハウス(LUMP壱岐)として営業されています。

神功皇后ゆかりの聖母宮(しょうもぐう)

奈良時代に創建された島内有数の古社。神功皇后の三韓出兵が創建の起源ともいわれています。西門(表門)と社寺廻りの石垣は豊臣秀吉の朝鮮出兵の折に加藤清正が寄進したものです。本殿は極彩色の装飾に彩られた美しい造り、見ているだけでウットリしてしまいます。

神功皇后の馬蹄石(ばていいし)

神功皇后が三韓出兵の際に乗った馬の蹄跡だと言われる馬蹄石。
この場所で三韓の方向を見つめ気合を入れた際に、乗っていた馬にもその気合が伝わり、馬蹄を乗せていた石に穴が開いたと伝えられています。

勝本の歴史と人情に触れるまち歩き

漁業町の潮風を感じ、町屋の歴史的建造物を見ながら、勝本の歴史について興味深く歩くことが出来ました。何も知らないで見るとただの石垣も、説明を聞きながら回るのでは全く違います。ガイドさんが持つ画用紙大の資料には、当時の貴重な写真や地図などのデータが詰まっており、「ここは変わったけど、ここは変わらないね。」などと見比べながら、ワイワイ話すのも楽しい時間でした。
ぜひ「勝本歴史まち歩き」にご参加いただき、地元のおばちゃんとふれあいながら想い出たっぷり作ってください。

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